【蔵の移転:回想1】「蔵を支えてくれてありがとう」。勤めを終えたものたちに

2013年07月20日

解体が進む酢蔵の中で、瓶詰め機械のレールの上に、もられた塩とお酒が置かれているのに気がつきました。それはこの蔵で勤めを終え、新しい蔵にはもって行けないものたちです。

ほかにも、大きな鉄のかたまりのような洗瓶機と、ココノヱ酢のラベルを貼り続けてくれたラベラーが、現役引退の時です。どれも、元々の蔵があった和歌山市の友田町のころから、苦しいときも、移転をしても、働き続けて今まで蔵を支えてくれました。

動いていた時の様子です。このとてつもなく大きな洗瓶機は、専務が入社したころにはすでにあったという、50年ほど前から働き続けてくれたもの。「これだけの大きな洗瓶機は、県内一番。移転の時は、あまりに大きいから近所の人も飛び出してきて『自衛隊か?』と勘違いされたほど」と、嫁いできてから何度も聞かされてきました。それほど酢蔵の風景に欠かせない愛着ある存在でした。

6月アタマ、最後の仕事を終えて機械を止めたあと、営業部長で酢蔵のスタッフでもある“かんちゃん”こと福本完志さんが、そっと塩をもったのです。

かんちゃんも友田町からずっと蔵とともに苦しい時期を乗り越えてきたメンバーです。どんな想いで盛ったのだろう。まだ日の浅い私には計り知れない、いろんな想い、思い出がきっと詰まっているのです。

そっと置かれた塩とお酒、ワンカップの錦郷(きんきょう)。

つい先日まで動いてたとは思えない静けさです。眺めていると胸が熱くなりました。

それからしばらくして、いろんな機材が解体されて運ばれていき、この洗瓶機の解体がはじまりました。

 

この大きな鉄の塊。業者さんが引き取りにきました。梅雨なのに晴れ渡った日々が続いていたのに、この日ばかりは雨模様。

大型トラックにのせられて、そして行ってしまうのを、蔵の家族も、主人も、最後まで見送る姿がありました。

さびしいけれど、「ああ、やっとここを出られる!ようやく手にした新しい私たちの蔵へ行こう」。それが今私たちの一番の心の声です。

勤めを終えた機械たち。連れて行ってあげられなくてごめんなさい。そして、ほんとにいままで、蔵を支えてくれてありがとう。

 

 

 

 

【蔵の移転】桃山町へ、酢の大木桶群の大移動!

2013年06月12日

今まさに、わが家の木桶を乗せたトラックが、新しい蔵となる紀の川市桃山町の町を走っています。台風の心配もありましたが、それてくれて青空が広がっています。

酢蔵といっても、タンクと木桶の2つの蔵があるのですが、県内最多の大木桶をもつわが家の酢蔵。その移動が急ピッチですすんでいます。その移動を担ってくださっているのが、堺市のウッドワークの上芝雄史さん(右)と、弟さんの藤井泰三さん(左)。

ウッドさんは、九重酢の蔵を長い間、現在まで一手にお世話くださっている、全国的にも知られる数少ない桶屋さんです。全国の酒、酢、醤油、味噌、漬け物にいたる日本の伝統的な醸造に欠かせない大型の木桶。その製造と修繕を担っておられます。

今回の移転・・・といっても、弊社にとっては2度目の大がかりな移転ですが、蔵の移転などめったにないことでしょう。それこそ100年ものの木桶もある弊社の酢蔵の移動は、熟練した職人さんでなければ手に負えない代物なのです。

慎重に慎重に、もろくなった部分もある木桶をもちあげ、トラックに運び上げます。

 

木桶を乗せたウッドさんのトラックが、紀の川市に入りました。これから、私たちは紀の川市の蔵になるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

【蔵の移転】酢蔵の移転、本格スタート!

2013年06月10日

日本酒の蔵の大がかりな引っ越しが終わったところで、今度はいよいよ酢蔵の引っ越しが始まりました。

日本酒のタンクも大きかったのですが、その倍以上はあるタンクばかり。運び出しも慎重に慎重にすすめられています。

大型クレーン車と大型トラックもやってきました。タンクが大きいので大型トラックに一つしかのりません。

さて、これらのタンクが入る新しい酢蔵では、床も磨かれて搬入を待っています。

現場は、タンクだけでなく、大きな機材、配管などの解体もあり、大きな車や蔵人も工事担当スタッフも、さらには日常の商品の出荷作業も重なって、騒然としています。

この引っ越しのために一時、製造を中断しなければならないため、蔵の中では、商品を切らさないための在庫の確保や瓶詰めなどが、移動準備とともに急ピッチで進められてきました。

さあ、これからもう一つ、本格的に始まるのが、わが家に代々受け継がれてきた30石の大木桶の大移動です。

かぶせていた菰がはずされ、新しい蔵へ出発するのを待っています。

 

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