【食酢】和歌山市は、酢の消費量が全国1番!日本経済新聞の取材を受けました。

2013年12月17日

日本経済新聞(12月3日付夕刊)の「関西View」によると、2012年の総務省の家計調査で、食酢の年間消費量が「全国トップは和歌山市」と、記事で紹介されました。県内で食酢生産量トップとのことで、弊社がこのたび取材をしていただきました。

その名も見出しは「酢好き和歌山 背景にすし文化」。

記事によると、和歌山市の食酢の年間消費量は4379mlで、東京都区部の2倍以上。過去にさかのぼっても、ほぼトップ10をはずれたことのない常連とのこと。また、関西の主要都市が軒並み上位にランクインしており、記事では「歴史ある和食文化が影響したようだ」と書かれています。

たしかに、海と山の新鮮な幸の豊かな和歌山県では、いろんな産物を酢に漬け込みますし、ハレの日には家庭でつくる地域多彩なすしが定番。「県内各地に残るすし文化の影響ではないか」「夏場を中心に(酢の物)は食卓の定番」と、弊社ではその背景を話しています。

なんといっても、和歌山のスーパーさんの店頭をみると、県外では500mlが一般的でも、県内では900mlと大型サイズ。県外の方にお話すると、いつも「ほんとに?」と、驚かれます。

ちなみに、2番は鹿児島市、黒酢が有名ですね。弊社のお酢は赤酢といわれる酒粕からつくるお酢ですが、お値段は黒酢に比べてすこぶるお手頃。

年間通じて、お酢が食卓に登場する和歌山の食文化。このたび「和食」が世界無形遺産登録され、「和食」の一角を支える「お酢の食文化」に、誇りをもって、さあ!これからもおいしい「酢」をつくってまいります。

 

【蔵の移転:回想7】新蔵で初めての木桶の仕込み。酢蔵の新人、中森くん

2013年12月01日

それは木桶の引っ越しが本格化する直前のこと。先に運ばれた木桶への、酢の仕込み作業が行われました。新しい蔵での初めての仕込み作業。創業当時から受け継ぐ酢酸菌を、この新しい蔵の木桶に根付かせる作業です。無事に根付いてくれるのか、新しい蔵でココノヱ酢の味が受け継がれるのかが、この作業にかかっています。

この記念すべき初仕込みに、今年1月に入社したばかりの酢蔵の新人、中森くんも真剣に取り組んでいました。

食酢の製造部長、“あにさん”こと福本貢さんから指導を受けながら、中森くんよりちょっと先輩の浦谷くんともども、仕込み方を学びつつの初仕込みです。

旧蔵から運んできた2年熟成させた酒粕「ふんごみ粕」を湯で溶いて、アルコールや湯をさらに足して木桶を満たします。

「おい!手が止まってる。桶の底からまんべんなくかき混ぜながら温度を計るんや」「温度が下がってきてるやないか。はやく沸かせろ!」と、モーター音が響く中、あにさんの大声が二人にとびます。

なにせ大きな木桶です。木桶全体をまんべんなく発酵に適した温度に調節するのも一苦労。カメラを桶に向けると、むせ返るような湯気が桶の中から吹き出してすぐに曇ります。みな汗だくになっての作業です。

真剣なまなざしで、あにさんの言葉をもらさずに会得しようしている中森くん。あにさんの作業の様子をできるだけ近くで学ぼうと、すかさず隣のはしごに駆け上がり、前のめりになって見ています。見て、触って、感じて、匂いをかいで、味をみて、体全体で学ぶことが大事なことを、中森くんは気付いているようです。 

さあ、最後に酢酸菌を入れます。これが、旧蔵から運んできた酢酸菌。創業当時から絶やすことなく受け継いできた酢の種です。タッパに入れて運ばれていました。液体の中に浮いている白っぽい膜のようなものがそうです。

 

桶全体にまんべんなく広がるように、ゆっくりと酢酸菌の入ったタッパを回し入れます。「どうか、しっかりとこの桶で菌が根付きますように」。タッパをもつ手に、祈るような思いが込められているのが伝わってきます。

ひとつ先輩の浦谷くんも、負けじとひとつの桶の仕込みをまかされます。

さあ、元気に発酵してくれますように。新しい蔵で生まれる初めてのお酢のできあがりが楽しみです。

中森くん、今日の日のこと、忘れないでいてくださいね。主人が言っています。「期待の新人なんだからな」って。

 

 

 

 

【日本酒】元日本チャンプご一行、来蔵!

2013年10月07日

前の日から主人はうきうきしていました。朝、起きるとすぐにロードワークとボクシングジムでいつもの一人練習をして帰ってきた主人。汗を流したあと、先月観に行ったオリンピック金メダリスト、村田諒太のプロデビュー戦(応援したのは主人が長年お世話になっている、ワタナベジム所属の東洋太平洋チャンプの柴田明雄)の記念Tシャツに袖を通します。 そう、今日はバンダム級の元日本チャンピオン、島村聡一さんご一行が、私たちの蔵に来てくれるのです。

来蔵されたみなさんと、記念写真。おもわずファイティングポーズが出ます。右から2番目が島村さん。ご一緒くださったのは、島村さんの旅仲間のみなさん。左から鉄山さん、上村さん、右端は田路(たじ)さん。それぞれとても魅力的なみなさんで、もう8年も毎年一緒に、海、山歩き、修験道歩きとアクティブな旅をされ、この日も、蔵見学のあと南下し、熊野古道の里、中辺路町の備長炭職人のお宅を訪ねたり、海釣りをされるのだと、とても楽しそうです。

島村さんと主人との出会いは、ボクシングの舞台・・・ではないのですが、島村さんは現在は横浜反町の鳥料理、焼き鳥の人気店「纜(ともづな)」のご主人。絶品の鳥料理を出してくれるそのお店に、うちの日本酒「雑賀」を置いてくださっています。主人はボクサー同士のご縁なのか血が騒ぐのか、時々お邪魔してはお世話になっているのです。

新蔵は、作業場はほぼ出来上がって稼働をはじめていますが、事務所もまだ仮。これからはじまる二期工事が終わらなければ、お客様をおもてなしする応接間もありません。ですから、こうしてお客様をお迎えし、試飲などをしていただくのは移転後、初めてのこと。

桃畑に囲まれたうちの蔵、酒蔵からご案内します。麹室や絞り器など、製造部門と、年間通して温度管理が徹底できるようにクーラー、配管をめぐらした貯蔵タンク部分など。

日本酒、梅酒、ノンアルコール飲料の試飲も行いました。「きき酒」です。まずは、主人が試飲の仕方、色や香り、味わいなどの見方をレクチャーします。

なにしろ、料理人の島村さんはもちろん、下村さんは横浜唯一のふぐ料理店のご主人でミシュランの1ツ星も獲得しているという職人さん。鉄山さんも田路さんも、味わいに関しては一家言ある、食べること、飲むこと大好きなメンバーです。

「純米吟醸の山田錦のこの香りがたまらないなあ」「この純米吟醸は料理の味を邪魔しないんですよね」、「ぼくは純米酒の味わいが好みだなあ」などなど、それぞれの感想を聞ける時が私はとても楽しい。鉄山さんは、甘酒「麹の助っ人」を試飲して、「甘酒って麹の味が苦手で飲めなかったけど、これはおいしい!」と感激してくれて、私も感激!

酒蔵巡りと試飲体験したあとは、うちの蔵ならではの酢蔵へ。100年ものの大木桶もある木桶蔵に入ると「わあ」と声がわきます。醗酵中でむわっとあたたかい木桶の中をのぞいてもらいました。

事務所では会長の父と、看板娘の母をご紹介し、母の自慢の中辺路産らっきょうの甘酢漬けを味わっていただいて。

「すごく素敵なみなさんだったなあ。ぜひまた会いたいね」と、お見送りして主人と話します。名残惜しくて、中辺路の旅にもついて行きそうになりました。主人の海外出張がなければ行きました、一緒に。

「それにしても」と、主人。「島村さんの拳を間近で見たら、大きくて、すっごく堅そうなんだよ。パンチあるだろうなあ。殴られたら効くぞ。やっぱ日本チャンピオンはすごいよ」と、しみじみ。やはり主人にとってはボクサーのチャンピオンは格別な存在なんですね。

来てくださって、ほんとにありがとうございました。またぜひ、桃山に来てくださいね。次は、看板もあがって、もっともっと元気な蔵の様子を見てもらえるはずですから。

 

 

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