チーム「雜賀」、酒蔵のアニキ分 “根葉ちゃん”が急逝

2011年08月15日


根葉ちゃんこと日本酒製造部門の部長、根葉義満さんが、お盆に逝ってしまいました。次の杜氏になるはずでした。まだ51歳の若さでした。

この4月、酒蔵の造りが終わってまもなく体調の異変に気づき、たったの4ヶ月で急逝。亡くなる間際まで、地元和歌山産山田錦を使った「どぶろく」開発のための資料を読み、「必ず治って、どぶろくをつくりますから」と、つらい治療に専念していたのに。

10年前、蔵の大規模な移転があり、ほんとうに大変だったころから、
岸本杜氏さんと二人三脚で雑賀の日本酒の味を育て、守り続けたアニキのような存在でした。

やさしい笑顔、口数少なく寡黙、実直で、労を惜しまずに日本酒の研究に打ち込んでいた根葉ちゃん。愛妻家で愛息家。ご家族とお酒を、こよなく愛していました。
 

その蔵への思い、日本酒造りへの情熱が人一倍熱かったことは、蔵に嫁いで間なしの新米嫁でも知っています。

この雜賀蔵のHPをつくるにあたり、スタッフ紹介に載せるメッセージに、根葉ちゃんは

酒の造りに終り無し、常に一年生。初心忘れることなく日々勉強。酒造技術の向上に邁進し、進化し続けたいと努めています。」

と、意気込みをつづってくれました。まさか、それからこんなことになるなんて。どれほど、悔しかったろう。

今年のお酒は、根葉ちゃんが、次期杜氏として製造のほとんどを責任者として仕切ったものです。大事な一人息子さんの二十歳の誕生日に、手がけた日本酒で乾杯するのを息子さんがまだ幼いころから楽しみにしていたそう。その誕生日の5日前に、ご家族に見守られて逝ってしまいました。

 「ぼくたちは、チーム雜賀。チーム雜賀で乗り切りましょう」と、
辛いとき、いつもみんなを鼓舞してくれた根葉ちゃんの言葉は、
主人や蔵のみんなをどれだけ力づけてくれてきたでしょう。

酒蔵だけでなく、酢蔵のメンバーからも、みなから頼りにされていた兄貴の死。女性の少ない男所帯で、見送りの日、蔵のみんなが男泣きする光景は、なんとも哀しく、切ないものでした。

ありがとう、根葉ちゃん。これからもいつまでも、雜賀の蔵のみんなを見守っていてくださいね。

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