【蔵の移転:回想4】岩出市の蔵、最終の日

2013年08月20日


新しい蔵での始業を7月1日にひかえた、前日の6月30日の日曜日。岩出市の蔵、最終日です。

移転作業が始まってから2ヶ月、特にこの1ヶ月間は、従業員はみな休日返上。毎日の製造、出荷業務と並行しながら、移転作業に没頭しました。大型トラックやリフト、軽トラが縦横を行き来し、猛暑の中、顔を真っ赤にしてタオル巻きで走り回ってきました。

8年間、借りた蔵なので、飛ぶ鳥跡を濁さず、みなできるだけ磨いて洗って。

「ああ、まめがつぶれた!」。うちの蔵ただ一人の女性ベテランスタッフ、湯川さんが痛そうに手をひらきます。「もうこの3日間、掃いて掃いて、掃きどおしなの」と、見せてくれた“箒(ほうき)まめ”は赤くてとても痛そうです。

酒屋の吉村くんは腰を痛めそうだとベルトを巻き、酢屋の完ちゃんは日増しにやせて「5キロやせた」と、病院にも通いながら重い荷物を運んだり掃除をしたり。母も「10キロやせた」と、へこんだお腹をさすっています。だれもが肉体労働にスパートをかけたラスト1週間でした。

みんなが片付け、掃除をし、動かして、と激務をこなしている作業風景を、私は残念ながら撮れませんでした。なぜなら、私も、もちろん主人も両親も作業の一員。みなと一緒に、ほこりや泥、汗にまみれながら、山のようにあるものを片付け、捨てて、磨いて、洗って、運んで・・・、とてもカメラを持っていられませんでした。

そして迎えた最終日。夜の9時まで、片付け残しがないか、忘れ物がないか、汚れたままのところはないか、みんなで何度も点検をして。

最後の仕事が終わるまで、誰一人、先に帰る人はいませんでした。感慨深く、岩出の蔵での最後を全員一緒に迎えました。

すべての作業場の電源を落とし、門を閉めました。みなが集まった中、母は、みなの労をねぎらって、お寿司を配ります。

街灯と国道の明かりだけになった蔵の前で、主人は最後に、みんなの前で挨拶しました。

「今日でこの岩出の蔵を出ます。こうして無事、移転できたのは、連日遅くまで、みんながほんとに頑張ってくれたおかげです。ありがとうございました。明日からは桃山町ではじまります。桃山町の私たちの蔵で、元気な顔をみせてください」と、感慨深げにしめくくりました。

蔵人たちの最後の一人が車で去るまで、主人と両親で見送りました。

 

 

 

 

 

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