【蔵の移転:回想2】「立たないものを立てる!」重量級移転のプロ集団 その1

2013年08月11日


 

「すごい作業をしてるぜ。なんせ、立たないものを立ててるんだから!ちゃんと写真に撮っといてよ。ありゃ、すごいわ」と、汗まみれの食酢製造部長の“兄(あに)さん”こと福本貢さんが声をかけてくれました。7月1日の移転目前の10日間は、次第に運び出されるものが大がかりになってゆきました。それは、蔵内で一番大きなタンク群がある酢蔵の移動が本格化したからです。

大きな機械から酒や酢のタンク、事務所のあれこれまで、今回の工場および本社の移転業務を担っていただいたのは大阪、泉南市のARM(エーアールエム)さんです。

 

 

ARM社長の田中信広さん(左)と、主人。

ARMさんとの出会いは8年前。和歌山市友田町から岩出市への大移転の際に、大変お世話になりました。

蔵が引っ越す、それもお酢とお酒のそれぞれの蔵を移転させるという、まれに見る大仕事を引き受けてくれたのです。

 

 

 

「あの時はすごかった・・・」と当時を知る蔵人は口をそろえます。期限が決められた中、短期間で繁華街からあの大きな洗瓶機やら工場や本社の一切合切を運び出した話は、いつ聞いても想像を絶するもので、まるで戦場のよう。みな必死だった、ということに尽きます。

もちろんARMさんにとってもそんな仕事は初めてだったでしょう。やりきってくれたことに、主人はもちろん当時を知る蔵のみんなが信頼をよせてきました。「移転が決まったら、ARMさんにお願いするんだ」と、ずっと主人は話していました。

それから8年。こうして紀の川市桃山町に、念願の移転が決まり、田中社長が最初の打ち合わせで来社された時、主人や前の移転当時を知る蔵のスタッフはみな田中社長と笑顔。挨拶したり握手をしたり、その空気は「懐かしい顔ぶれがそろってきた。さあ!また祭りがはじまるなあ」という、熱い高揚感がはやくも漂っていました。

さて、その移転作業。今回は私も目の当たりにすることになりました。

毎日毎日、現場で活躍してくれたのは、ARMの現場監督、樽谷さん(写真)とARMの仲間会社の宝樹(ホウジュ)さんのスタッフたちです。

大きなクレーン車や大型から中型までのトラック、リフトなどを駆使して、あらゆる大型の機材を搬出し、新しい蔵の設置箇所にぴたりと置いてくれる。ひとつ間違えば大事故、大破損につながるその作業は、繊細で精密、徹底したチームワークによる連携プレー。それはものすごい技術者集団でした。

 

 

 

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